日報問題とは? 分かりやすく時系列で

2018年4月6日

以下、日報問題2017~陸自南スーダン派遣について。

日報問題2018~陸自イラク派遣についてはコチラ>>

2017年7月18日あたりから、「日報問題」なるニュースが大手マスコミで報道されている。

この「日報問題」とは何なのか?

前提として、南スーダンとはどんな国で、自衛隊の活動とはどんなものなのか?

そして、日報問題については、分かりやすく時系列に並べてみたよ(時系列まとめ表へ)。

南スーダンとは?

南スーダンとはアフリカの国。長年にわたる南北スーダン内戦の後、包括和平合意(CPA)期間を経て2011年7月9日に独立を果たした、世界で最も新しい国家とされている。

その後、2013年以降、政府軍と反政府勢力が衝突。それを受け、南スーダンPKOの要員を増強する国連安保理決議が全会一致で採択された。

自衛隊の南スーダンでの活動

自衛隊の派遣

「司令部要員」として2011年から、また、「施設部隊」として2012年から、自衛隊が順次派遣される。

施設部隊として派遣された自衛隊員の人数の方が圧倒的に多く、2015年9月(安保法成立)時点で既に350人ほどが派遣されていた。

施設部隊の活動内容

施設部隊の活動内容は、国連施設内の排水溝整備、南スーダン首都ジュバ市内の道路の整備(※激しい戦闘が行われたのはこの地域・後述)、さらには、2013年12月以降、政府軍vs反政府軍の戦闘によって生じた難民救済のため、避難民保護区域の敷地造成ほか、医療支援等を実施したとされている。

安保法との関係は?

ご存じの通り、安保法が2015年9月に成立。これによって、自衛隊の「駆けつけ警護」が可能になった。

※この時点で既に自衛隊が南スーダンに派遣されていたわけだから、「最初の駆けつけ警護」は南スーダンでのPKO活動において・・・ということが言われていた。

日報問題とは?

時系列

この日報問題は、時系列で見て行くと分かりやすい。

発端

安保法成立(2015年9月)後、2016年7月に南スーダン・ジュバで大規模な戦闘があったことが、半ば「世界の常識」になり、ジャーナリスト・布施祐仁氏が、当時の自衛隊の状況を知るために、2016年9月末、日報(業務日誌)の情報公開を請求(宛先は防衛省)。

ところが、2カ月以上経った12月上旬になって「既に廃棄したから不存在」との回答をもらう。

※通常は、1か月で開示されるか否かの回答があるという。

再調査

2カ月以上経って「既に廃棄した」との回答をもらったことに違和感を覚えた布施氏や、自民党の河野太郎衆議院議員らが再調査を求め、稲田防衛大臣が再調査を指示。

統合幕僚監部にデータ残存

防衛省の統合幕僚監部に日報の電子データが残っていたことが確認された。

「廃棄」していたのは陸上自衛隊で、統合幕僚監部には残っていたという説明。

公開

2017年2月、ようやく日報が公開されるに至った。

※日報には「戦闘」という言葉が多用されていた。

※日報には黒く塗りつぶされている箇所が複数あった。

実は、陸上自衛隊にも残存

「廃棄していた」はずの陸上自衛隊にも、実は日報データは保管されていた(※このことが一般に知られるようになったのは3月15日のマスコミ報道にて)。

2017年2月15日の防衛省最高幹部による緊急会議で、「陸上自衛隊にも日報データがあった」という事実について、非公表にする方針を稲田防衛大臣に伝えた(とされている)。

また、その2日前にも、稲田防衛大臣は、陸上自衛隊側から日報データが保管されていた事実などについて報告を受けていた(とされている)。

稲田防衛大臣の答弁

2017年3月15日、「陸上自衛隊に日報データがあった」というマスコミ報道。

翌3月16日の衆議院安全保障委員会で、民進党・今井雅人議員が、稲田防衛大臣はこの点につき報告を受けていたのかどうか質問。

稲田防衛大臣は「報告されなかった」と答弁


素直に考えれば、「陸上自衛隊および防衛省幹部」と「稲田防衛大臣」のどちらかが嘘をついていることになる。

<まとめ>

(2015年9月)安保法成立

(2016年7月)南スーダン・ジュバで大規模な戦闘

(2016年9月) 布施氏が日報の公開請求

(2016年12月) 「既に破棄」との回答→布施氏、河野議員らが再調査請求

(2016年12月16日) 稲田防衛大臣が再調査指示

(2016年12月26日) 日報の電子データが防衛省の統合幕僚監部残存していたことが確認される ※破棄したのは陸上自衛隊という説明

(2017年2月6日) 日報が公開される ※「戦闘」という言葉多用。黒塗り部分多数。

(2017年2月13日)稲田防衛大臣、日報データが陸上自衛隊にも保管されていた事実について、陸上自衛隊から報告を受ける(?)

(2017年2月15日) 防衛省最高幹部による緊急会議で、「実は陸上自衛隊にも日報データが保管されていた」という事実を非公表にする方針が稲田防衛大臣に示される(?)

(2017年3月15日)陸上自衛隊に日報データが保管されていた旨のマスコミ報道

(2017年3月16日) 稲田防衛大臣が「報告されなかった」と答弁

問題の核心

南スーダン日報問題(2017)の核心は「隠ぺい」ということになろうが、隠ぺいされたものは2つある。

イラク派遣日報問題(2018)についてはコチラ>>

「戦闘行為」に関して

まず、自衛隊の戦闘行為(といえるかもしれない行為)について、防衛省、自衛隊、防衛大臣による組織ぐるみの隠ぺいが試みられたのではと疑われる。

もっと言えば、「安保法を強行に成立させたことの正当性が根元から崩れる」ような事実が、「安保法を強行に成立させた主体に忖度して」組織ぐるみで隠ぺいされたのではないかという疑いである。

一部論者からは、日報は2017年2月6日時点で公開されており、「隠ぺい」にはあたらないとの指摘もあるが、それは布施氏らに再調査請求されたことによって「隠し通せなくなった」に過ぎず、いわば「隠ぺい未遂」に終わった、または、その間に何らかの「隠ぺい工作」が行われたとみるべきだろう。

「陸上自衛隊…」に関して

もう一つの「隠ぺい」は、「実は、陸上自衛隊にも日報データはあった。廃棄されたというのは嘘だった」という事実についての隠ぺい。

いわば、「隠ぺいしていたという事実」につき隠ぺいが試みられたということ。

※上記「日報そのものの隠ぺい」と、この「隠ぺいしたことの隠ぺい」を混同している論者が、「2/6に公開したものを2/15に隠ぺいすることはできないのだから、これはマスコミの印象操作だ」などとマスコミ批判を展開している。


2017年2月13日、2月15日の時点で稲田防衛大臣が、「陸上自衛隊にも日報データはあったという事実を非公表にすべき(隠ぺいすべき)」とする点につき報告を受けていたなら、3月16日の答弁は「虚偽答弁」ということになる。

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