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「こんな人たちに負けない」の「こんな人」は誰? 安倍擁護論の限界

2018年3月11日

2017年都議会議員選挙の投開票が、7月2日(日)に行われた。

選挙結果はさておき、その前日に秋葉原で行われた自民党推薦候補者の応援演説に安倍総理が駆けつけた。

そこで安倍総理が遭遇したのは「安倍辞めろ」の(大?)合唱であった。

「こんな人たち」論争勃発

伝えられているところによれば、マイクを手にした安倍総理は、「人の演説の邪魔をするようなことは自民党はしない」「憎悪からは何も生まれない。こんな人たちに負けるわけにはいかない」のように言ったとされている。

これに対してマスコミやネット世論が飛びついた。

「一国の首相が、反対者に向かって『こんな人たち』とは何事か」と。

「こんな人」は誰か?の前に・・・

「こんな人たち」とは誰なのか? その正体は・・・

とその前に、安倍総理が言った「こんな人たちに負けるわけにはいかない」の何が問題なのか?

稲田防衛大臣と同様

この数日前、稲田防衛大臣が「自衛隊からも・・・お願いします」と自民党推薦候補者の応援演説をしたことが問題になったばかりだが、基本的な構図はこれと同じ。

総理大臣という立場にある者が、「総理を辞めろ」と主張する人々を「こんな人たち」として差別をすることは、「全体の奉仕者(憲法15条2項)」たり得ないことになると考えられる。

これがこの問題の根幹部分。

だから、「こんな人たち」が「一般市民」か「プロ市民」か?「反対する人」か「演説の邪魔をする人」か? の議論をすること自体、意味がない。

どちらだったとしても問題発言になる」ことに変わりはない。

その上で・・・

「演説の邪魔する人たち」論

安倍総理の言う「演説の邪魔をする人たち」であるが、安倍総理から見たら「邪魔」であっても、相手の行為は暴力などによるものではなく、れっきとした「言論」。表現の自由(憲法21条)の範囲内の行為である。

しかも場所は秋葉原の公道

眼前に本人の姿がある場合の「安倍(は総理を)辞めろ」という言論が、「総理の応援演説」という言論に劣後すべきとする憲法上の根拠はどこにもない。

なので、これを「演説を妨害する人たち」という文脈で語ること自体が間違いということになる。

安倍擁護論の限界

毎度お馴染み、「芸能人による安倍擁護」であるが、そろそろ限界が来ているように見受けられる。

「マスコミはフェアじゃない」というクイズ芸人

「クイズ解答者」としてお馴染みのロザン宇治原が、

「安倍さんの『こんな人達に負ける訳にいかない』は演説を聞かずに『妨害する人達』という文脈だった思う。そこだけを切り取り、総理が自分に反対する人達を『こんな人達』と言ったと報道するのは、フェアじゃない」

とテレビで発言したそうな。

でも、実際、ニュースなどで流れた映像には「演説を妨害するようなことは自民党はしない」の部分は入っていた上(※そうでない映像もあったのかもしれないが)、公道での言論である点を考えれば、そもそも、妨害者 vs 被妨害者という図式にすること自体が的外れ。

公道での言論は、特定の者にのみ優先的に付与されている権利ではないのだから。

「活動家」認定したところで同じ

「見る人が見れば、この集団は活動家集団であって一般人の集団ではない」などと言う人もいるが、その「見る人」なる人物に活動家認定されたら表現の自由が剥奪される、という前提でモノを言っている時点で間違い

ましてや、総理自身が「こんな人たち」と言ったことを正当化する理由になどなりようがない。

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